連載エッセイ「一滴目の音」

 Vol.1 「雪の音」 

 自然を美しい、と思うことができたのは、いつからだろう。感動した瞬間を、記憶しているだろうか。もちろんいつのまにか徐々に惹かれるということもあるが、あるきっかけがあってそれを皮切りに視点が変わった、見方が変わった、ということもあるだろう。

 僕にはきっかけとなった出来事がある。

 よく覚えている。初めて世界が変わった瞬間を。その時に聞こえていた音を。

 学年まではっきりとは覚えていないが、小学校中学年あたりの時期だったと思う。

 雪が降り頻る冬の夜、父に突然、「外に散歩に行こう」と連れ出された。当時、父と遊ぶ機会はあまりなかった僕は少し戸惑いながらも同行することにした。

 傘をさして、暗い裏道を歩く。周りは畑で懐中電灯の灯りを頼りに道を進んでいた。少し湿気を帯びた重めの雪が音もなく降っていて、遠くに見える街灯の明かりが雪に反射していて思いのほか暗くはなかった。雑踏がかき消される中、雪を踏みしめるギュッギュッという音がとても鮮やかに聞こえたことをよく覚えている。しかし、父と何か会話をした覚えはない。寡黙で決まった話題がない限りは話しかけたりしない性分の父だ。お互い何も話さず、ただただ夜の帷に雪あかりが敷き詰められた道を歩いていた。



 僕は、何を考えながら歩いていたのだろう。「寒いなぁ…」だったのか、「なんでお父さんは話す用事もないのに僕を連れ出したのだろう…」だったのか。そのことも覚えていない。しかし、少なくともこの時は取り立てて楽しいわけでもなく辛いわけでもなった。それだけは確かだ。

 しばらく歩くと、雪の重さでうなだれていた竹林が道を遮っていた。通れないから引き返そうとすると、父が竹林へと向かっていく。無理くりにでも通るのかと思っていたら、父が振り向いて、満面の笑みで、話しかけてきた。


「これが、面白いんだで」


いきなり口を開いたかと思えば、全くこれまでに脈絡のない言葉が飛んできた。

何が?どうして急に??さっぱり状況が飲み込めず、立ち尽くしていると、父は傘をさしたまま竹林の下へ潜り込んだ。そして、雪を被った竹の先端部分を持って、ブルブルと揺さぶった。

ボサッボサボサボサッ……

 竹にのしかかっていた重い雪が、父の傘に落ちてきて重くザラっとした質感の鈍い音が響いてきた。同時に、重量から解放された竹が歓喜の声をあげるかのように勢いよく跳ね上がった。竹は、残っていた滑り落ちていく雪の粒を余韻に纏い、雄々しく立ち上がっていた。雪の粒たちは、事の幕引きを告げるようにサラサラサラ…とくすぐるような軽やかな音をたてて地に着いた。

 美しかった。

 勢いよくふり降りる雪が、跳ね上がる竹の躍動が、そして、その時に響いた雪の音が。

 呆気に取られて立ち尽くしていた僕に、父が声をかけてきた。

 「ほら、お前もやってみろ」

 促されて僕もしなった竹の下に潜り込んだ。身を低くして、傘を握りしめ、手を伸ばして竹の先を引っ張る。

ドサドサドサドサッ……

 雪が勢いが良く傘を叩いた。外側で聞いた音よりも低く重い音が響き、傘を持つ手に落ちてきた雪の衝撃が伝ってくる。竹は風を巻き上げるほどの勢いで起き上がり、僕の周りは雪に包まれた。

 初めての経験だった。一瞬の喧騒を経て再び戻った静寂の中に、高鳴る鼓動が響いていた。

 「面白いだろ?」僕の様子をみて非常に満足そうな表情で父は語りかけてきた。

 そう聞かれて、僕はなんて返答したのだろう。そこは何故か覚えていない。

 記憶はその後、父と竹の雪を払って傘で受ける遊びを夢中になって続けてから帰った場面につながる。

 帰り道も、何を話しただろう。この遊びについて、父から何か聞いた覚えはないので、行きと同じく何の話もせず無言のまま帰宅したのかもしれない。

 帰り道は裏道を出て、街灯のある通りを少しそぞろ歩いた。街灯に照らされた雪は、舞うというよりは滑り落ちてくるように降っていて、キラキラと輝いていた。橙色を帯びる白い雪。影となって落ちる黒い雪。どちらも、サラサラと心地よい同じ音を立てて降り積もる。その雪たちをギュッギュッと音を立てて踏み締めて歩く父と僕。

 帰宅し玄関に着くと、帰ってきた安堵感の中に少し名残惜しさを感じながら、体に積もった雪を払った。

 この日のことは、それまでの雪に対する概念が覆った出来事として、鮮明に覚えている。小学生だった僕にとっては、雪はただの遊び道具でしかなかった。しかし、この日を境に、雪は「美しいもの」という側面が付加された。その視点を得てから、日常に関わる出来事も自然の中で活動する時でも、目の前の光景をよく見て、聞こえてくる音をよく聞いて、そこに隠されている美しさを感じ取ることを心がけるようになった。

 大人になった今、雪はただ楽しく美しいものではなく、「実に厄介なもの」という側面も持つようになった。子供の頃は行っていなかった雪かき。実に体にこたえるし雪かきを気にしながら冬を暮らさなければならない。雪道の運転も、最新の注意を払ってしなければならない。かといって、降ってもらわなければ夏場の水不足が心配で困る。降っても降らなくてもヤキモキするようになってしまった。

 しかし、なにも悪いことばかりではない。雪かきの大変さも、やっていると達成感が出てくるし、普段なかなか話す機会のない近所の人たちとも同じ時間に雪かきをすると「まったく、困っちゃうよね~」なんて笑いながら話すきっかけにもなる。自分だけでなく地域の人たちとも労を分かち合っている感覚も、なかなかいいものである。

 そしてやっぱり、風に舞い静かに音を立てて降り積もる雪に、不意に見惚れてしまう。綺麗だなぁって。



 大人になって顧みてみると、こういう捉え方を持って生活できることはとても豊かなことだなと痛感する。

きっかけを与えてくれたのは、幼い頃のある雪の日だった。傘を叩く雪の轟音が、合図となって世界が変わった。

 何かが変わるきっかけ。それはほんの小さな出来事から始まる。雫が滴り落ちて地面を潤し、やがて雫が集まり流れになて川となり、大河となって大きな海に注いでいくように、小さな出来事が時間の経過とともに大きくなってある時から人生を左右するほどに変わっていく。

 利根川を潤す最初の一滴が滴る町、みなかみ。自然と人とが交錯する街。僕が経験したような、自然と寄り添う暮らしの豊かさ、そして人生観を変えるような小さな一雫が、そこかしこに転がっている。素敵な光景も、そこにたたずむ音の風景も。


 本エッセイでは、みなかみ町で暮らす日常の中にある「音」をテーマに、この町に活きる風景を切り取って暮らしの豊かさについてお伝えしていく。

 読者にとって、視点が変わるきっかけとなる、最初の一滴目の音が聞こえてくれば、幸いである。