【連載エッセイ】一滴目の音 Vol.5

 「田に響くは笑い声」


 東から顔を出した太陽が輝きを増し、帽子の鍔を少し下げた。

 少し伏し目がちに見上げた空は予想以上に青く、撫でた首元がじんわりと汗ばんだことにハッとして戸惑いつつも、この日をこの陽気で迎えられたことを奥歯で噛み締めながら現場へと向かった。

 6月初旬、絶好の田植え日和。

 天気に後押しされて、気力が漲ってくる。

 仲間と稲作を始めて、今年で6年目になった。

 この米作りは、みなかみ町でイヌワシが生息する地域、赤谷地区に広がる森の環境保護に取り組んでいる「赤谷プロジェクト」の活動の一環として行なっている。

 作ったお米は、お酒の原料になる。利根川の上流で生まれた水と作られた米を使って、利根川の下流でお酒に醸すことで利根川の上下流交流をするというのが目的だ。


 現場となる道の駅の近くの田んぼに着くと、地元の仲間が田植えの準備で田んぼに入って線をひいていた。レーキに八重歯のような山並みの三角板をつけて、田んぼの泥に等間隔の線をひいていく。縦横に線をひいて、クロスした場所に苗を植えていく算段だ。我々が稲を栽培している3枚の田んぼのうち、2枚を手植えで行っている。稲作をする場合、稲と稲の株間が一定間隔にそろっていることがとても重要。機械植えだとこの問題は事前にクリアできているわけだが、我々は手植えで行う田んぼもあるため、間隔を揃えるためのガイドが必要となるのだ。

 畔の端から端に一本の紐を通して、それにレーキの三角板を合わせて線をひいていく。実際にやってみると、これが思っている以上に難しい。その上、きちんと真っ直ぐ線をひけているのかはレーキを引っ張っている本人には判別がつきづらい。なので、すでに来ていた仲間たちは、レーキを引っ張って線をひく人、畦から線の具合をチェックする人がスタート側とゴール側に一人ずつ、と計3人体勢で行っていた。


「いいぞー。その調子でまっすぐー」

「もうちょっと右ー」


 と声を掛け合うチェック係。それを受けて線を確認・修正するレーキ係。冗談を飛ばし合いながら行なっていて、たまにチェック係が放ったくだらないジョークに気を取られてレーキ係が笑ってしまうと線が歪むことも。そんなやりとりを見ていると、黒々した泥濘の上を渡る色褪せた黄色い紐を通して、まるで糸電話で通信しているようだ。田んぼの前にある駐車場や隣接する地主さんの家に騒々しくないかちょっと心配になる程、明るい声が飛び交っていた。

 役割を交代交代して行っていると、本日参加する仲間が続々と集まってきた。夏を先取りしたアウトドア用の軽装できた人、麦わら帽子に薄緑の夏用作業服でお役人さんの視察さながらの装いの人、お気に入りのバンドTシャツで気合十分の人、目以外全身黒で身を包み日焼け止め対策完璧な人、出立ちは様々。仲間が集まってくるにつれ、装いのモザイクはより複雑になっていき、側から見れば一体何の集団なのかますますわからなくなってくる。

 線をひいていた田んぼは水捌けがまだ十分でないため、残り一枚の手植え田んぼと既に機械植えを終えている田んぼが並ぶ場所へと移動する。歩いて4、5分ほど、久しぶりの仲間達と談笑しながら。道の駅を過ぎたあたりから広がる田園にはもうどこも稲が植えられていて、風が吹くたびに緑のさざ波がさわさわと波打つ。

 毎年参加しているお馴染みさんから今回初参加さんまで一通り自己紹介と挨拶をすませ、いよいよ作業の開始となった。スカッと抜ける青空と降り注ぐ日差し、そこに程よく上昇していない気温と三拍子揃った好条件に、集った仲間達の士気も渦巻いているのが伝わってくる。



 作業は一旦二手に分かれる。移動した先の手植え田んぼにまだ線が引いていないので線を引く係が数名、残りの十数名は機械植えした方のところどころにある植え損ねた箇所に手差しで植える作業に移行した。

 それぞれの持ち場に移動したら、めいめいのタイミングで、いよいよ入水。経験のある人は怯むことなくジャバンと田んぼに踏み入れる。初めて経験する人や子ども達は、恐る恐るチャポンと足をつける、と同時に感嘆の声を漏らしていた。

 そして、僕も田んぼに入る。サンダルを脱ぎ、畦に繁茂する雑草を踏んづけてから、素足を泥の中に踏み入れた。

 水が跳ねる澄んだ音が耳に入ってくる。冷たく、ぬるっとした感触。泥の粒子が足の肌の隙間に入り込んでいく。田んぼに入る以外では得られないこの感触を味わい、また一年季節が巡ったことをふっと実感した。


 ちゃぽちゃぽと水を切って、泥を踏みこんで歩いて、明らかな隙間を見つけては、苗をぶちぶちとちぎって挿す。作業としては実に単純で、たくさんやってきたちびっ子たちもみんなすぐに覚えて取り組んでいた。

 作業開始したら参加者全員すぐ作業モードに切り替わり、飛び交っていた和やかな会話がしばし鳴りを潜め、水田の上には水の音、稲が風になびき掠れるざわめき、時折すぐ脇の県道を通る車の走行音にとって代わっていた。


 いつの間にか日が真上に来ていた。挿し苗ができる箇所もほぼなくなり、線を引く作業もひと段落させるところまできた。昼休憩を挟もうとなったが、午前中の作業の締めくくりとして本日のお楽しみ、合鴨を放つことにした。

 僕たちが作っている田んぼは、農薬を使わないことが一つの課題になっている。無農薬栽培というと聞こえはいいが、実際は除草剤を使わないため猛烈に生えてくるヒエやコナギなどの雑草との熾烈な戦いが待っている。過去、雑草対策にいくつか取り組んできた中で最も低労力で高い効果がみられたのが、合鴨の助けを借りることだった。



 合鴨農法は、生まれて間もない合鴨のヒヨコが田んぼの株間を泳ぎ回ることで雑草の芽を土中から浮かせたり水を濁らせて日光を遮断したりして、雑草の生育を止める農法である。鴨達が入っている田んぼの雑草の繁茂具合を入れていない田んぼと比較するとその差は愕然とするほどで、雑草が生えてこないだけでなく稲の生育までも促進される様子がみられた。もちろん鴨の管理や任務を終えた後の鴨の処理等、生き物を扱うための課題も同時に発生するのだが、現状雑草退治をするにあたって一番費用対効果が高いのが合鴨農法なので、採用している。

 これから放たれるのは生後2週間ほどの合鴨のヒヨコたちである。参加者の期待が跳ね上がっているのが、表情を見るだけで手にとるようにわかる。

 小型の持ち運びができるケージが田んぼに置かれる。ワクワクが顔いっぱいに広がる参加者達がスマホやカメラを片手に近寄る。ケージのゲートに手がかかる。スマホ・カメラの手が伸びる。  カチャっと、状況からすると実に味気ない軽い音を立ててゲートが開くと、解放を一日千秋の思いで待ち望んでいたヒヨコ達が一気呵成に田んぼに流れ込んでいった。まだ生えたての黒毛と黄毛がまだらになっている生毛を震わせて、植えたてでおぼつかない足元を踏ん張って真っ直ぐ伸びる緑の苗の間を一生懸命泳ぐ子鴨たち。その勢いに負けず、参加者の高らかな黄色い声が巻き起こる。温かい声援が、ぱちゃぱちゃと忙しない水音を包み込み、夏の日差しが水面に煌めいた。

 お昼休憩を挟んで、いよいよ田植えの開始となった。フラットでまっさらな泥の海に手縫いの網目が行き渡り、あとは植えるだけの状態になっていた。昼食を終えた参加者達がぞくぞくと戻ってきて、準備に取り掛かる。苗床から稲を片手に持てるほどに引きちぎり、田んぼの長辺側の土手に一列に並ぶ。前の田んぼにひかれた縦列4,5本分を一人の持ち場として、直進して交差点に稲を植えていく。

 植え方のポイントを確認して、植え始めた。先ほど挿し苗で入っていた田んぼは水が張ってあったが手植えの田んぼは水を入れていないので、足を入れた時の感触がよりねっとりとしていて、音も粘性が強いぬちゃっとした音を立てる。心なしか、水が張ってある田んぼよりも足がとられやすい感じがして、歩き方が若干ぎこちなくなる参加者。戸惑いつつも始めると、一同夢中になって植え出した。

 ある程度進んだところで手を止め、体を起こすとともに周りを見渡す。何もなかった焦茶色のフィールドに、緑の筋が伸びている。振り返れば自分が植えた列が水田へと成形されていっていることが見てわかる。植えている参加者の後ろにも、同じように緑の足跡が追従してきている。その長さは、人それぞれ。慣れてる人は早くもトラックの中盤に差し掛かるあたりまできていて、初めての人は慎重に進んでいる様子がうかがえる。中には突出して進み、ゴールに差し掛かっている列も。特に小学生は超早い。

 そんなそれぞれの進捗状況を見ていると、周りも少し手を止める。手を止めていると、自然と何かしらの声があがる。誰かの声が聞こえてくると、みんな手を進めつつ休めつつ、会話に混ざってくる。会話が弾んでくると、次第に笑い声が連鎖していった。



 気持ちが楽だな。

 毎年のことではあるが、田植えの時はそう強く感じる。

 はっきり言って、体はめちゃくちゃしんどい。普段歩かない落ち着かない足取りの中、腰を曲げて地面に苗を挿す作業というのは、実際にやってみると思っているより数倍負荷がきつい。

 しかし、精神的は疲労感は全然ない。こうした飛び交う笑い声や、作業中の他愛もない雑談や、「苗なくなった!誰かください!」と声が上がれば「これ使って!」と呼応して苗が飛んでくる、参加者同士が連携している声の掛け合いを聞いていると、肉体的な疲労感を精神的な一体感が包み込んで圧縮していっているようで、作業中の疲れをあまり感じない。

 この日、参加者たちの間で、

「社会の授業で資料集に載っている昔の田植えの様子でさ、田植えしている人たちの傍で太鼓鳴らしたりにぎやかしている人らの絵が書いてあったじゃん」

「ああ、あったあった!」

「あの人らって、なんのためにいるんだろう?そんなんしてるなら田植え手伝えよ!とか思っていたけど、実際田植えしてみるとあいつら必要だったんだな、って思ったわ」

といった会話が、談笑の端々に同時多発的に聞かれた。

 資料集に載っていたのは、「田楽」なのか「田遊び」なのか、詳しくはわからないがおそらく元々は田の神様に捧げる豊作祈願のための行為らしい。確かに、自分も歴史の授業の時に眺めて同様の感想をもったことを覚えている。

 だけど、実際に田植えの作業を行ってみると合点する。にぎやかさがあるだけで、作業の負担感がなんと違うことか。みんな同じことを感じ取っていたようだ。


 昔、今のように機械で田植えができなかった時代、田植えは一家総出だけでなく、ご近所同士で手伝いあっていて、地域の家々を順繰りに植えていたというような話を聞いたことがある。そう聞いた時は、なるほど、作業の人手が足りないから協力しあって労働を負担し合っていたのだろうな、と思っていた。もちろん、それが主な理由だろう。しかし、もしかしたら労働の負担だけでなく、人が集まれば発生する雑多な会話やふとした拍子にこぼれる笑い声なんかも期待していたのかも。田植えは、一人や少人数の手だけでやったらとてもじゃないけどしんど過ぎる。少しでも人手があったほうがいいし、人がいると今日みたいに作業をしながらでも話したり話を聞いていたり、もしかしたら笑ったり歌ったりすることが自然発生するかもしれない。そうなったら、今感じているみたいに、体はきつくても気力は枯れないだろうな。みんながわいわい話しながら朗らかに作業をしている様子をみて、そんな風に思わされた。

 つらつらとよしなしごとを巡らせている間に、それぞれの植え付け作業がどんどん進んでいった。自分の持ち場が完了したらみんな自発的にまだ終わっていないところをカバーしにいく。声を掛け合い、手を貸し合い、滞りなく作業は進み、田んぼは緑が茂る水田へと生まれ変わった。

 歓声が湧き上がり、達成感が祝福のように降り注ぐ。

 同じ作業がもう一枚分ある、という現実がこの場に冷水を浴びせるが、芯まで熱が入った焼石のように熱気と勢いは削がれることなく高まっていて、朝に線を引いていた田んぼに移動してすぐに次の田植えに取り掛かった。

 要領をつかみ、参加者同士の関係性も温まったため、前半よりも円滑に進んでいったように感じる。声もよく響いていた。建物が周囲にあるから反響しやすいためなのか、こちらの田んぼの方が小さいからなのか、それぞれの心の距離が縮まったからなのか、あるいはそれら全てかそれ以外か。いずれにしろ、にぎやかで、人の体温をたくさん感じるひとときだった。そして、そのひとときは実感しているよりもあっという間だった。


 道具を洗い、田植えの作業が完了となった。

 心地よい疲労感と達成感。そして、深い安堵が込み上げてきた。今年も無事に植えられた、トラブルなく誰一人体調を崩すことなく終えられた、年中行事を無事に通過できた、等、無数のタスクが同時に達成されて形成される、幾重にも層が連なる、深い深い安堵。

 古来より稲作を営んできた人たちは同じような気持ちになっていたのだろうか。いや、おそらく僕が感じたものよりもずっとずっと大きな感情だったのだろうな。生まれたての水田を眺めながら、完了時に差し入れてもらったアイスをひとかじりすると、甘さがじんわりと口の中に広がっていった。

 あれから1ヶ月と少し経過した。この間にまた仲間が集まって行った手作業の除草、田んぼの水管理、合鴨の世話など、さまざまな作業が進行している。植えた稲は順調に生育していて、茎や葉を増やし凛々しく立ち上がっている。稲の成長をみていると、仲間で取り組んだ成果が結実していっているのが映っていて、胸がくすぐられる。



 あと3ヶ月ほど経てば、稲刈りが待っている。

 その時はまた、田植えで集まったように仲間と力を合わせて稲刈りをする。きっとたくさんの声が飛び交うだろう。でも、飛び交っている声の色や響きは、きっとまた違うものとなっているだろう。

 この田んぼに仲間の声が響き合い重なり合う日が来るのが、早くも待ち遠しい。