【GENRYU】蕎麦づくりは恩返し

 地元の人ならずとも一度は訪れたことがあるか、名を聞いたことがあるかもしれない蕎麦の名店「そば処 角弥」。週末になると道路まであふれんばかりの行列ができるみなかみ町きっての繁盛店である。


その暖簾をくぐると、ひときわ大きな声で「いらっしゃいませえいっ!」と威勢のいい声が厨房の奥の方から飛んでくる。その声の主は、店長の牧田友和さん・みなかみ町(旧水上町)生まれ。今回、その源流を探訪する蕎麦職人だ。


取材のオファーを申し込んだ際、「え、おれなの?!」と返されたが、その言葉の意図はこうである。

「そば処 角弥」の母体となる株式会社 角弥の社長であり牧田店長の雇い主でもある渡辺一彦さんは、地元のまちづくりや観光・少年少女スポーツの育成など各種団体で要職を務めるいわば有名人であり顔が広い。よって取材などの対応も数多くこなしているため、通常、みなかみの名店角弥の取材となれば、社長の一彦さんを訪ねることが常ではある。が、しかし今回はあえて牧田さんの起こりにフォーカスしたい。

一見、寡黙であるこの男が社長の一彦さんに負けずとも劣らない熱い想いを胸に抱く人間であることを筆者は知っている。



365日蕎麦に触れていないと掴めない感覚

 下半身を踏ん張り全身の力を腕先に込めて蕎麦粉をこねる「ねり」という工程。何度も何度もその塊を練り上げる。かなりの力を要するためすぐに息があがるが、ここで手を抜くと、おいしい蕎麦を作ることはできないと牧田さんはいう。


「その日の気温、湿度、粉のコンディション、すべてを勘案して水の分量などを調節します。こればかりは365日蕎麦に触れていないと掴めない感覚なんですよね。」


仕事が休みの日でも蕎麦に触れ蕎麦を食べ、この感覚を養っている。


「社長にお店を任せてもらってるから、絶対に手は抜けないよ。」


創業250年にも亘る伝統の味を継承しつつも、現代の味覚や食のトレンドにあうよう独自のアレンジを加えながら、新メニューの開発も行っている。


蕎麦職人となって、もうすぐ3年。


5年・10年やってようやく一人前が当たり前の職人の世界で、3年に満たず蕎麦づくりの主要工程である「水まわし」から「のし」「きり」「ゆで」まですべてを担っている。ほか従業員の方の話によると、観光シーズンにはお客様が多く来店するため、膨大な量の蕎麦を打つことになり上達するスピードも早いのだそう。その角弥で、牧田さんは店長を任されている。


本人は「おれなんて、ほんとにまだまだ。社長が20分で打つ蕎麦を、頑張っても30分かかる。」と言っているが。


牧田さんが入社する前、繁忙期は社長の一彦さんが3時から開店する11時までひたすら蕎麦を打つ仕事を数ヶ月休まず毎日続けていたほどだという。伝統を守りつつ多様化するお客様のニーズに対応し、観光地で質の良いおもてなしを提供し続けることは生半可な根性では務まらない。


蕎麦職人への起こり


 牧田さんへ、昔から蕎麦職人になりたくてなったのですかと尋ねたところ、「それが全然。」との回答。3年前に角弥に入る以前は、ロープウェイ機械の整備を行う仕事を十数年携わってきた。機械整備の仕事は、蕎麦づくりに活きているのですかと尋ねたら「それも全然。」と。



ではなんで、蕎麦職人へ転身??



「社長に声をかけてもらったんですよ。いや、拾ってもらったという方が近いかな(笑)」



30代後半に差し掛かった頃、家庭がありつつも、自分のやりたいことってなんだろう?このままでいいのだろうか?と答えのない漠然とした悩みをずっと持っていたという。

その感覚は同世代である筆者もとてもよくわかる。20代30代のエネルギーを持て余している時に完全燃焼して打ち込むことのできる“何か”がない状況や状態が続くと、得体の知れない焦燥感と違和感に苛まれるようになる。それでも、何をどうしていいかわからないまま時だけが過ぎ、気づけば年齢だけが無情に加算されている。そして、いつの間にか現実との折り合い方が上手になり、見たくないものとしてその違和感に蓋をするようになる。



「ま、恥ずかしい話だけど、くすぶっていたわけです。」



角弥が個人事業から株式会社になるタイミングで社長の一彦さんは、牧田さんを一本釣りで勧誘。牧田さんは迷う余地なく即決したという。


「社長のことは中学のひとつ上の先輩として昔からよく知っていたし、昔からまちの不良たちでさえも逆らえず一目置くかっこいい先輩で、うちへ来いよと声をかけてもらった時、おれみたいなのに声をかけてくれて単純に嬉しかった。迷うことはなかったな。」



社長の一彦さんに聞いてみた。なんで牧田さんに声かけたのですか?と。


「彼のことは、中学の頃から知っていました。挨拶が誰よりも上手にできるやつという印象だった。飲食店や接客業は何より挨拶が当たり前にできるかどうかだから。会社に人材がほしいとなった時に牧田のことが真っ先に浮かんだよ。」


右が社長の渡辺一彦さん

30代後半から踏み入れた、蕎麦の世界。そこからは迷うことなく毎日ひたすら蕎麦と向き合う日々が始まった。気づけば蕎麦づくりに夢中になっていた。自分のすべてを注ぎ込む“何か”が見つかった。



「毎朝暗いうちから、誰よりも早く店に出てくるんだよ。で、仕込みをしつつ店の掃除をしたり、道具の手入れをしたりしてて、ほんと頭が下がる。」


と一彦さん。本人はまだまだと言ってはいるものの、安心して店を任せられるほど蕎麦づくりの技術やクオリティは高いと評する。


「自分が頑張ってるとは、全く思ってない。ただ蕎麦を打つのが楽しくて、お客さんがおいしいと言ってくれることが一番嬉しいから。」


牧田さんは言う。



「恩返し。社長に対して、地元に対してのね。だから、全身全霊かけて全力でやりたい。倍返しの恩返しってやつ(笑)」


蕎麦をつくり、お客様が喜んでくれること。このお店に来てよかった、みなかみへ観光に来てよかった、と思ってもらうこと。何しろ恩人である社長の手助けができること。それが蕎麦づくりという仕事のモチベーションの源流になっている。ひたむきにもっとおいしい蕎麦をつくりたいというその誇りと情熱がお客様にも伝わるから、繁盛店を更に繁盛させているのだと思う。


おいしい蕎麦を食べ終えて、心地よい満腹感を抱えて暖簾を外にくぐると「ありがとうございましたーあ!」と、威勢のいい声がまた厨房の奥の方から飛んでくる。


株式会社 角弥の社訓の一つに「先義後利」がある。ロッカーに貼られた社訓の書かれた紙を牧田さんは毎日必ず読み上げているらしい。


義でつながるスタッフ


 せっかくの取材の機会なので、もう一人の社員である石井陽子さんから見た牧田さん像を聞いてみた。石井さんは学生の頃から角弥でバイトをしていたというベテランである。



「ピュアで繊細なんですよ、ああ見えて。それでいて素直で真面目、ああ見えて。」


ホールを担当している社員の石井陽子さん

社長の一彦さんにも同様の質問を投げかけてみた。


「まず時間に正確だね。それと、主体性がある。誰かに言われる前に自らで考えて何とかしようとする気持ち。仕事をする上でこれが一番大事だよね。あとは真面目ってとこかなあ。だから、お店のことは信用して任せられる。」



取材の後、記事構成の確認を一彦さんに委ねた。その時、ぼそっとつぶやいた言葉が特に印象に残っている。



「こちらの方こそ牧田店長へ恩返ししないとな。」





蕎麦粉に小麦粉、つなぎに「義」を加えた蕎麦が、お店の裏山に湧き出る冷たい清水でぴっとしめられて、盛りよくへぎに乗せられて運ばれてくる。


それは、満腹に食べ終えた直後から今度はいつ来ようかなと思わせるほど絶品の味わいである。



この記事を書いている蕎麦から、いや傍から、角弥の蕎麦がまた食べたくなった。




●Information


 そば処 角弥


 群馬県利根郡みなかみ町幸知189-1

 TEL 0278-72-2477

 営業時間 AM11:00~ 売切れ次第閉店

 定休日 木曜日

 WEB http://www.kadoya-soba.com/



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文・編集:Kengo Shibusawa

写真:Kengo Shibusawa , Yoshie Moriyama