豚肉のロースト パセリ・パプリカソース添え
猪でーこん(大根煮) 猪肉のリブステーキ
鴨のオレンジソース ジビエトゥルト 熊のラルド 猪のチャーシュー
見ているだけでよだれが滝のように流れる、この肉達。
ジビエ料理にありがちな臭みは全くなく、それぞれの肉の旨味が口に広がる。
料理人であり猟師でもある阿部達也さんが営む創作ジビエ料理屋「お山の食堂 たんとくわっさい」は、水上温泉街の裏手をすこし上った先に、ひっそりと現れる。
「あれ、民家かな」と一瞬通り過ぎそうになるが、吊るされた猪肉や鹿肉、入り口の小さな看板が目印だ。
「今日は酔っぱらってません。」
いつもはべろんべろんになるまで飲んでしまい、記憶を消失。達也さんの料理がうんまかったことは覚えているものの、どうやって作られているのか全く聞けていない筆者。
飲むには早い夕暮れ時に、お休み中の達也さんをつかまえ彼の作る料理の「起こり」について伺った。
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お勝手と山が遊び場の子ども時代
祖父の代から続く、みなかみ町(旧水上町)の民宿で生まれ育った達也さん。
達也さんの料理の起源は、物心ついた頃からお祖母ちゃんとお母さんがお勝手で料理するのを見様見真似でやっていた「遊び」の中にある。
「小さい頃、ばあちゃんやお袋は民宿の仕事が忙しく、遊びと言えばお勝手で料理の真似事をすること。その内に自然と料理に対して興味を持つようになったな。その他のお手伝いは好きじゃなかったけど(笑)。」
民宿の料理に使う山菜やキノコの採取も、幼い頃から祖母たちに付いて行って山に入っていたのだそう。「遊びに夢中になり過ぎて暗くなってから帰るとお袋に怒られるので、そういう時はわらびを一握り持って帰ったら怒られねえんだ(笑)。」
20歳で帰郷。食材の起こりへの探求
中学校を卒業後に、みなかみを離れ東京の高校へ進学。卒業後はそのまま東京で大手電力会社に就職し一度は安泰の道を選んだ。
しかし、20歳の頃にお袋さんの病気がきっかけでみなかみに戻り、実家の民宿の手伝いをはじめる。
「外に出てみて、地元の食材の良さに改めて気付いた。」
地元に帰って来てからというもの、山菜・きのこ狩り、魚釣りなどなど山から食材をとってくる人に憧れを持つように。小さい頃の経験も相まって、次々に食材採取の道を究めていく。
山の食材採取で、最後に挑戦したいと思っていたのが狩猟。
「狩猟は”食材”の最終形だと思っていた。」
狩猟に挑戦したい気持ちはずっとあったものの、踏み出し切れない達也さんだったが、20代も半ばを過ぎた頃、友人に誘われて狩猟免許を取得することに。この友人のおじが、後に達也さんが猟師道を究める師匠となる。
初めての猟。命をいただくということ
「免許は取れたが、実際に自分は獲物を撃てるのか」
この葛藤は、初めて獲物に向けて引き金を引く直前まであったのだそう。
初めての狩猟はキジ。
「生きた魚を捌いことはあったが、魚は冷たい。
自分が撃ったばかりのキジを触ると、まだ体温を感じた。
あったかかった命を奪った、と思ったよ。
あ、あったけんだと色んな衝撃があった。
当初は足が震え葛藤があったけど、やるしかないという気持ちでここまで来た。」
そこから、18年間現在に至るまで鹿、猪、熊など大型獣も含めたくさんの命を頂きながら達也さんは料理を作ってきた。痕跡からそれぞれの動物がどこにいるのか把握するための習練を重ね、長年狩猟を続ける内に、時には気配から動物の動きが読めるようにもなっていた。
2020年今年の11月には念願だった自身のお店をオープンさせ、これから存分に自分がやりたい料理を振舞えるという喜びやヤル気に満ち溢れる反面で、猟に対しての心境には複雑な部分があるよう。
「命をたくさんもらったから、もういいかなという気持ちにもなる。」と。
「食べる」ための狩猟
人類が誕生してから約600万年。
農耕や牧畜文化が根付く以前、様式は現在と違うものの、人間は石器などの道具を使い狩猟を行ってきた。
それは、一番には食べるため。そして次に、毛皮、羽毛、牙、骨などの物資を獲得するためだった。
現在では鳥獣保護管理法の下、定められた種類、頭数、猟期、猟場、猟法を厳守し狩猟免許を所有していれば、趣味や娯楽の範囲でも狩猟は行われており、「生態系を守る」という意味で狩猟は大きな役割を果たすようになった。
近年日本では野生の鹿や猪の個体数が年々増加。自然界の許容範囲を超える野生動物は食料不足や感染症の蔓延を引き起こす可能性があり、人間の生活圏である農地に侵入することにも繋がる。
生態系のバランスを適正な範囲内に保つという意味でも狩猟は重要な手段だが、達也さんはあくまでも「食べるため」、しかもおいしく食べるための猟でありたいと。
「狩猟をしている内に出会う動物達の中には、食材として見れない、おいしくは食べられないと予想のつく動物もいます。例えばやせ細った鹿など。
それでもどうしても撃たなければならない時、無駄な殺生だと思う事もあった。肉として見れない、命としてしか見れない。」
そもそも達也さんが狩猟をはじめたのは、『おいしい食材を獲得する』手段を得るため。
「どうに獲る、どうに撃つ、どうに解体する。どう料理するれば最後においしくなるのかを常に考えながら猟をする。
食材であれば撃つ。獲物と遭遇したとしても、おいしく処置しきれないのであれば撃たない。」
達也さんの一品とは
達也さんの人生を通して培われてきた知識や経験から生まれる一品達は『どこかで食べたことのある味』ではなく、ここでしか食べたことのない味、身体の底から喜びを感じるような味だ。
「ジビエの他には、みなかみの山でとってきた川魚、山菜、きのこを中心に、他の食材も直接農家さんへ足を運ぶなどできる限り地の食材を使っている。
食材を知るってことが一番大切。
食材が何なのかってことを知って、料理をする。」
食材の活かし方がわかると、最終的には塩や醤油などの味付けだけでおいしく出来上がる。
食品添加物で食材の味を作るのではなく、本来持つ食材の旨味を十分に活かして調理すると味付けは単に食材の引き立て役でよくなる。
「とれるものはとるし、作れるものは作る。」の下、お味噌や梅干しにと調味料まで自分で作る。そこから作られる料理のレシピは、完全オリジナルだ。
様々な情報源から料理のヒントはもらうものの、味噌作りの配合にしても自分で調整して一番おいしいと思うものを作っている。
もちろんその分、普通に流通する食材や調味料で調理された一品よりも、作るのに手間や時間がかかる。
「地元の人、観光客を含め多くの人に食べてほしいという想いはあるけど、大繁盛店てのでなくていいかな。手間をかけられる分の時間が取れて、料理を作る資本である身体が元気な状態で仕事していけたらいい。お客さんと一緒に飲んだりしゃべったりしながら、そんなお店にしてえな。」
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取材から数日後、暴れだした肉への欲望を抑えきれず、たんとくわっさいさんへ再訪。
いつものごとくワインを飲みまくり、お肉にかじりつきながら聞いた。
「何が違うのよ、都内のジビエ料理店と。なんでこんなうんまいの」
達也さんは愛情の込もった、優しい顔つきをして言った。
「山で飼ってるから、あいつらのこと。名前つけてっから(笑)」
ちょっとだけ引いたことは秘密だ(あ、引くわーって本人に行ったかも、記憶消失)。
食材に対する愛溢れる命の一皿を、みなかみでたんと食べていって下さい。
●Information
お山の食堂 たんとくわっさい
群馬県利根郡みなかみ町小日向650-1
18:00 - 22:00(当面の間は不定休)
文:Yoshie Moriyama 写真:Yoshie Moriyama,Kengo Shibusawa ※一部支給あり
編集:Kengo Shibusawa
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